浄土真宗大谷派とお西の違いは?歴史の真相と焼香・仏壇作法総まとめ
日本の伝統仏教の中で最大規模の信徒数を誇る浄土真宗。その二大潮流として知られるのが、通称「お東」と呼ばれる真宗大谷派(浄土真宗大谷派)と、「お西」と呼ばれる浄土真宗本願寺派です。法事や葬儀の現場で「焼香は何回すればいいのか」「仏壇の飾り付けやお経はどう違うのか」と戸惑った経験を持つ方も少なくありません。
同じ親鸞聖人を宗祖と仰ぎながら、なぜ本願寺は東西に分かれ、作法や仏具の様式に細かな差異が生まれたのでしょうか。本稿では、2026年現在の最新寺院事情や歴史的背景、現場で恥をかかないための実践的マナー、そして大谷派門徒としての心得まで、専門的な知見から徹底解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:真宗大谷派(お東)の本山は京都の「東本願寺(真宗本廟)」であり、包括宗教法人の正式名称は「真宗大谷派」である。
- 要点2:東西分裂の真相は教義の対立ではなく、織田信長との石山合戦に端を発する後継者問題と徳川家康の政治的配慮(分断統治)によるものである。
- 要点3:大谷派の焼香は「2回・額にいただかない」、線香は「折って寝かせる」、戒名ではなく「釋〇〇」という法名を授かるのが鉄則である。
【なぜ分かれた?】東本願寺と西本願寺の分裂理由と歴史の真相
「お東」と「お西」が分かれた背景には、戦国時代から江戸時代初期にかけての激動の政治闘争が深く関わっています。発端となったのは、元亀元(1570)年から10年間に及んだ織田信長と本願寺第11代門主・顕如(けんにょ)による「石山合戦」です。
織田軍の徹底的な包囲を受け、朝廷の仲介により和睦を受け入れて石山(現在の大阪城)を退去しようとした顕如に対し、長男の教如(きょうにょ)は断固抗戦を主張しました。最終的に教如も退去せざるを得なくなりましたが、この対立によって顕如から義絶されることになります。その後、顕如の示寂に伴い教如が一度は第12代を継承したものの、顕如の遺言状を根拠に三男の准如(じゅんにょ)が正統な後継者として立てられ、教如は隠退を余儀なくされました。
決定打となったのは、関ヶ原の戦いを経て天下人となった徳川家康による慶長7(1602)年の寺地寄進です。家康は、絶大な団結力を誇る本願寺勢力を二分して弱体化を図る政治的思惑から、教如に京都・烏丸六条の地を与えて寺院を建立させました。これが現在の東本願寺(真宗大谷派の本山・真宗本廟)の始まりです。
つまり、東西本願寺の分裂は「教えや教理の対立」ではなく、戦国乱世における政治的決断と徳川幕府の天下統治策が生み出した歴史的産物だったのです。
【徹底比較】浄土真宗大谷派(お東)と本願寺派(お西)の決定的な違い
親鸞聖人の教えの根幹である「他力本願」や「悪人正機」は東西共通ですが、儀礼や仏具、組織運営には明確な差異が存在します。両派の違いを一目で比較できるよう、主要な項目を一覧表に整理しました。
| 項目 | 真宗大谷派(お東) | 浄土真宗本願寺派(お西) | 編集部の見解・実務上の注意 |
|---|---|---|---|
| 本山・正式名称 | 真宗本廟(通称:東本願寺) 法人名:真宗大谷派 | 龍谷山本願寺(通称:西本願寺) 法人名:浄土真宗本願寺派 | 一般には「浄土真宗大谷派」と呼ばれるが、公式名称は「真宗大谷派」が正確。 |
| 最高指導者の呼称 | 門首(もんしゅ) ※2020年7月より第26代大谷暢裕氏 | 門主(もんしゅ) ※第25代大谷光淳氏 | 読みは同じ「もんしゅ」だが漢字表記が異なる点に注意。 |
| 寺院数・門徒規模 | 全国約8,500カ寺 門徒数約500万人規模 | 全国約10,000カ寺 門徒数約700万人規模 | 大谷派は愛知・岐阜・北陸・新潟などの東海・北陸・東日本地域に強固な基盤を持つ。 |
| 焼香の作法 | 2回(額にいただかず、そのまま香炉へ) | 1回(額にいただかず、そのまま香炉へ) | 両派とも「香を額に掲げない」点は共通。回数のみ異なる。 |
| 仏壇(宮殿)の造り | 二重屋根(大通寺等の屋根形状を模した造り) 金箔と黒漆塗りの金仏壇 | 一重屋根(西本願寺阿弥陀堂を模した造り) 柱に金箔が施された金仏壇 | 仏具の具足も大谷派は「真鍮製(金色・磨き)」、本願寺派は「宣徳色(黒光色)」が基本。 |
| 正信偈の節回し | 力強くリズミカルな独特の抑揚(草四句目引など) | 滑らかで流れるような平穏な節回し | テキスト(正信念仏偈の本文)は同一だが、読誦の音程や区切りが異なる。 |
【作法とマナー】浄土真宗大谷派の焼香・数珠の持ち方・葬儀マナー
通夜や葬儀、年忌法要に参列する際、大谷派の作法をあらかじめ把握しておくことで、落ち着いて故人を偲ぶことができます。特に重要な3つの基本マナーを解説します。
1. 浄土真宗大谷派の焼香作法
大谷派における焼香の基本手順は以下の通りです。
- 遺影・本尊に向かって一礼し、焼香台の一歩手前まで進みます。
- 本尊(阿弥陀如来)を仰ぎ見て軽く一礼します。
- 右手のおや指・ひとさし指・なか指の3本で香をつまみ、額にいただくことはせず、そのまま右側の香炉(火種・炭の近く)に静かに落とします。これを合計2回行います。
- 合掌し、心の中で、あるいは声に出して「南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)」とお念仏を称えます。
- 数歩下がって遺族に一礼し、席へ戻ります。
※線香をあげる場合は、立てずに適当な長さに折って横に寝かせるのが作法です。
2. 浄土真宗大谷派の数珠(念珠)の持ち方
大谷派の門徒念珠(数珠)は、房が切りっぱなしになった「切房(きりふさ)」が主流です。合掌する際は、念珠を両手の手のひらで挟むように掛け、房を下に垂らして親指で軽く押さえます。念珠を持たずに合掌することは非礼にあたるため、法要の際は必ず左手首にかけるか手元に用意しておきましょう。
3. 浄土真宗大谷派の葬儀マナーにおける言葉遣いと禁忌
浄土真宗には「冥土の旅」という概念がありません。阿弥陀如来の本願力によって、亡くなると同時に極楽浄土へ往生して仏になる(往生即成仏)と教えるため、以下の点に配慮が必要です。
- 「ご冥福をお祈りします」は使わない:冥界を彷徨う前提の言葉であるため、「謹んで哀悼の意を表します」「お悔やみ申し上げます」と言い換えます。
- 「清めの塩」は使用しない:死を穢れ(けがれ)と捉えないため、葬儀後の清め塩は配られませんし、自ら使う必要もありません。

【仏壇と教え】大谷派の仏壇飾り方と法名・正信偈の読み方の基本
自宅での仏事において中心となるのが、お仏壇の荘厳(しょうごん)とお勤めです。大谷派独自の特徴を正しく理解しておきましょう。
仏壇の飾り方(本尊と脇侍・仏具)
大谷派の仏壇飾り方では、中央に本尊である「阿弥陀如来立像」または「阿弥陀如来の絵像(後光が6本または舟形光背)」、あるいは名号「南無阿弥陀仏」を安置します。
- 右脇侍:「十字名号(帰命尽十方無碍光如来)」または親鸞聖人の御影
- 左脇侍:「九字名号(南無不可思議光如来)」または蓮如上人の御影
- 三具足・五具足:花立て・香炉・ローソク立て(鶴亀の燭台)。大谷派では真鍮製の磨き仏具が伝統的に用いられます。
法名と釋号(しゃくごう)の付け方
浄土真宗では、戒律を授かって受戒するわけではないため「戒名」とは呼ばず、「法名(ほうみょう)」と呼びます。阿弥陀仏の救いにあずかる仏弟子となった証として授けられます。
原則として「釋〇〇(男性)」「釋尼〇〇(女性)」という形式が用いられてきましたが、真宗大谷派では平等を重んじる観点から、性別を問わず「釋+法名2文字(例:釋慈照)」に統一する方針が推進されています。生前に京都の本山で「帰敬式(ききょうしき)」を受け、法名を授かることが推奨されています。
正信偈(正信念仏偈)の読み方
親鸞聖人の主著『教行信証』の「行巻」末尾に収められている『正信念仏偈(正信偈)』は、大谷派の門徒が日々の朝夕の勤行で読誦する極めて重要な偈文です。「帰命無量寿如来(きみょうむりょうじゅにょらい) 南無不可思議光(なもふかしぎこう)」から始まる120句の漢詩で、阿弥陀仏の誓願と、インド・中国・日本の七高僧の功績を讃えています。大谷派独特の力強い抑揚を耳で覚え、声を揃えてお勤めするのが伝統です。
【実態検証】「門徒もの知らず」の誤解と現場目線で見えたリアル
世間では昔から「門徒もの知らず」という言葉が使われることがあります。この言葉を「浄土真宗の信者は礼儀や作法を知らない」というネガティブな意味で誤解しているケースが少なくありません。しかし、民俗学や宗教社会学の視点から見ると、まったく逆の真相が浮かび上がります。
本来の「門徒もの知らず」とは、「阿弥陀如来の絶対的な救いを信じているため、迷信や日の吉凶(友引・仏滅など)、方角の禁忌、死の穢れを気にする必要がない」という、合理的かつ解放的な宗教観を称賛した言葉でした。
現代の葬儀相談やSNS上のリアルな声を見ると、「友引に葬儀をしてはいけないと言われたが、大谷派では問題ないのか」「清めの塩を断ったら親戚に驚かれた」といった戸惑いが散見されます。しかし、迷信に惑わされず、亡き人を仏として敬い、自らの生を見つめ直す姿勢こそが、親鸞聖人が説いた真宗大谷派の神髄なのです。

【プロの結論】浄土真宗大谷派門徒の心得と信仰の向き合い方
現代において真宗大谷派の教えと向き合う際、最も大切にすべきは「報恩感謝(ほうおんかんしゃ)」と「聞法(もんぽう)」の精神です。
阿弥陀如来の前で手を合わせる行為は、「現世利益(お金持ちになりたい、病気を治してほしい)」を祈願するためではありません。「どのような悪人・凡夫であっても必ず救う」という無条件の慈悲に気づかされ、「生かされていることへの感謝」として南無阿弥陀仏と口に称えます。
毎年11月21日から28日にかけて東本願寺で営まれる「報恩講(ほうおんこう)」は、宗祖親鸞聖人の御祥月命日を縁として勤まる、門徒にとって1年で最も大切な法要です。寺院や自宅での仏事を通じ、自らのあり方を問い直す場を持つことこそが、混迷する時代を心豊かに生き抜くための指針となります。
【浄土真宗大谷派】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:「真宗大谷派」と「浄土真宗大谷派」は違う宗派ですか?
A1:全く同じ宗派です。宗教法人としての正式名称は「真宗大谷派」ですが、一般に分かりやすく「浄土真宗大谷派」と表記されることが多くあります。
Q2:通夜や葬儀で「ご冥福をお祈りします」と言ってはいけないのはなぜですか?
A2:浄土真宗では、阿弥陀仏の力によって亡くなると直ちに極楽浄土へ往生し仏になると考えるため、冥界(死後の暗闇の道)を彷徨うという意味を持つ「冥福」という概念が存在しないためです。「お悔やみ申し上げます」などの言葉を使いましょう。
Q3:焼香は何回行うのが正しいですか?本願寺派との違いは?
A3:真宗大谷派(お東)は2回です。香を指でつまんだら額へ掲げず、そのまま香炉へ落とします。なお、本願寺派(お西)は同じく額にいただかず1回行います。
Q4:位牌は作らないと聞きましたが本当ですか?
A4:浄土真宗では原則として本位牌を作らず、「過去帳(かこちょう)」や「法名軸(ほうみょうじく)」に法名を記して仏壇にお祀りするのが伝統的な作法です。ただし、地域の慣習や家族の意向により位牌を用いるケースもあります。
まとめ:歴史と作法を正しく理解し、心豊かな仏事を
真宗大谷派(お東)は、戦国・江戸の歴史的荒波を乗り越え、親鸞聖人の教えを現代に脈々と受け継いできた伝統ある宗派です。本願寺派(お西)との作法や仏具の違いを理解することは、単なる形式の習得にとどまらず、仏教が日本文化に与えた深遠な影響を知る契機となります。
形式的なルールに過度に縛られる必要はありませんが、基本作法に込められた「他力本願」と「感謝」の意味を知ることで、日々の仏事やお参りはより深く、心温まる時間となるはずです。 (出典: 浄土 真宗 大谷 派(Yahoo!ニュース))